教育漢字に見る概念の深化 (4年生編)

また思ったより間が開いてしまった。

教育漢字に見る概念の深化 (1・2年生編)
教育漢字に見る概念の深化 (3年生編)

4年生(計200字)

愛 案 以 衣 位 囲 胃 印 英 栄 塩 億 加 果 貨 課 芽 改 械 害 各 覚 街 完 官 管 関 観 願 希 季 紀 喜 旗 器 機 議 求 泣 救 給 挙 漁 共 協 鏡 競 極 訓 軍 郡 径 型 景 芸 欠 結 建 健 験 固 功 好 候 航 康 告 差 菜 最 材 昨 札 刷 殺 察 参 産 散 残 士 氏 史 司 試 児 治 辞 失 借 種 周 祝 順 初 松 笑 唱 焼 象 照 賞 臣 信 成 省 清 静 席 積 折 節 説 浅 戦 選 然 争 倉 巣 束 側 続 卒 孫 帯 隊 達 単 置 仲 貯 兆 腸 低 底 停 的 典 伝 徒 努 灯 堂 働 特 得 毒 熱 念 敗 梅 博 飯 飛 費 必 票 標 不 夫 付 府 副 粉 兵 別 辺 変 便 包 法 望 牧 末 満 未 脈 民 無 約 勇 要 養 浴 利 陸 良 料 量 輪 類 令 冷 例 歴 連 老 労 録

 さて、今回はかなり恣意的に(と感じられるだろう)分類をしていくことになる。というのは、4年生のこの時期ぐらいから、ひとつの漢字をあっちにもこっちにも使うという傾向が顕著になってくるからだ。分類の仕方によっては違った印象を得られるだろう、ということを前置きした上で、さっそく特徴へ入る。


第一の特徴 産業に利用されやすい字を多く教わる

  • 機 械 器 型 産 漁 労 働 貨 陸 航 倉 建
  • 共 協 材 料 量 給 課 衣 費 票 類 果 堂
  • 街 得 貯 札 成 功 便 利 景 刷 験 灯 節

 特に「働く」「得る」「貨」「景」あたりが特徴的だろう。便利、機械、材料、給料も4年生だ。「票」が入ってくるのは選挙をにらんでいるのか? 「街」「灯」「倉」「堂」「建」あたりもCityに関する語の充実を感じさせる。


第二の特徴 抽象的な、なかでもポジティブな概念が増える

  • 愛 喜 信 念 願 希 望 良 祝 栄 笑 好
  • 健 康 約 束 勇 結 求 救 仲 努 案 泣

 愛、喜び、希望、良い、願い、信念、祝い、笑う、好む、健康、救う、などが目白押し。むしろ、これらの概念が4年生まで漢字化していなかったことが不思議に思えるほどだ*1。泣く、は感情に伴う行動ということでここに入れた。人は嬉しくても泣く。


第三の特徴 戦争と組織に関する字を教わる

  • 戦 争 旗 毒 害 臣 司 令 殺 賞 兵 軍 訓 隊 官 席 典
  • 歴 史 録 唱 失 敗 候 治 省 法 民 功 達 告 博 士 氏
  • 印 英 府 郡

 ポジティブな概念と対にするかのように、戦争や歴史、失敗も四年生で扱う(成功も4年生。第一の特徴に入れた)。旗や兵、軍隊などの戦いを想起させる言葉がある一方で、「法」「民」「官」など、国という組織にまつわる字も多く入ってきている。
 最終行の最初の二字については、インド、イギリスを表す漢字だからかも、という想像が働いたため。


 少しわき道に逸れる。
 ここまでで注目したいのは、「神」を教わるのは3年生であり、「愛」「戦争」に先行することだ。神と関連して愛を説くのはキリスト教の特徴であって、日本古来の精神文化ではない。神道は愛を説かず、仏教そもそも神を想定しない*2
 西洋式の「愛」の概念が日本に輸入されたのは比較的最近のことで、それ以前、「愛」は「愛(かな)し」と読ませ、切なさを大いに含んだ身に迫る心持をさした。「神」と「愛」の間の関係が薄いのも日本的と言えば言えるのかもしれない。


第四の特徴 単語にベクトルを与える語が増える

  • 無 不 欠 未 的 必 要 単 例 初 然
  • 最 満 各 極 副 特 位 以 完 末 紀

 これらの語が増えることで、一気に語のバリエーションが増える。同時に、造語が行いやすくもなっている。ところで、「無・不・非・未」の打消しの接頭語のうち、「非」のみ5年生で教わる。なぜだ……なぜ「非」だけが5年生なんだ学年別漢字配当よ、と少し悩んだ。一応の仮説があるにはあって、それは、「常」「識」の二字が5年生で習う漢字であるため、「非」をそれら二字とセットで扱うためではないか、というものだ。ならばなぜこの二字は5年生で習うのか、というのはまた次の記事で触れるようにしたい。


第五の特徴 算数に関係する語が増える

  • 加 積 差 径 底 辺 億 兆

 ここで、学習指導要領の算数の項を参照したい。

〔第4学年〕
1 目標


(中略)


(2) 面積の意味について理解し,簡単な平面図形の面積を求めることができるようにするとともに,角の大きさの意味について理解できるようにする。


(中略)


2 内容
 A 数と計算

(1) 整数が十進位取り記数法によって表されていることについての理解を一層深める。

ア 億,兆の単位について知り,十進位取り記数法についてまとめること。

(2) 概数について理解し,目的に応じて用いることができるようにする。

ア 概数が用いられる場合について知ること。
イ 四捨五入について理解すること。

 4年生の算数では、面積と概数を扱う。つまり、「半径」とか「底辺」とか「億」とか「兆」なのである。このあたりのつくりが学年別漢字配当表は実によくできている。少々話が前後するが、第三の特徴であげた「戦争」の題材元は社会ではなく国語。4年生の国語で扱う戦争題材としては、『一つの花』が知られている。


 残った漢字はざっくりと大雑把にまとめる。

形容詞群

  • 固 冷 熱 浅 静 清 低

動詞群

  • 試 伝 説 察 挙 覚 変 改 包 周 囲
  • 飛 照 借 観 置 付 停 折 養 浴 辞

名詞群

  • 胃 腸 脈 管
  • 児 孫 夫 老 徒
  • 鏡 芸 飯 粉 輪 標 季 昨
  • 松 塩 種 梅 芽 菜 象 牧 巣

 形容詞群は体感的なものが目立つようだ。動詞群については、「説く」「伝える」など、行為そのものより、その行為の目的や意図に踏み込んで示すものが充実してくる。名詞群はどうも私としては印象が薄い。が、「夫」がここで登場するということには触れておきたい。「妻」は5年生で習う漢字であり、夫婦のくせにペアで出てこない。今までの配当表の傾向としては意外といってもいいだろう。ついでに夫婦の「婦」も5年生。とはいえ、まさか漢字配当表に対して男尊女卑だと訴える人はいないだろう。


 以上で4年生編を終わる。残り二学年、360字強だが、これはまとめて記事にしてしまう予定。

*1:人間にとって、愛や願いはとても基本的な概念だ(と私は思っている)、ということ。

*2:ちょっとした気まぐれでWikipediaキリスト教神道仏教で「愛」という文字を検索したら、キリスト教の記事では頻出していたのに、神道仏教ではほとんど見られなかった。