教育漢字に見る概念の深化 (1・2年生編)

 教育漢字(きょういくかんじ)、または学習漢字(がくしゅうかんじ)とは、小学校6年間のうちに学習することが文部科学省によって定められている1006字の漢字の総称。具体的には、『小学校学習指導要領』の付録、『学年別漢字配当表』によって、小学校の学年別に学習する漢字が定められている。(Wikipediaより)

 校正業をやっていると「漢字の閉じ開き」の問題に必ず出会う。ほとんどすべてのゲラで出会うといってもいい。それほど「漢字で書くか否か」は常につきまとう問題*1だ。
 その問題を扱うときにはいくつかのステップがある。ひどく大まかにあげると、ひとつは「正字」、もうひとつは「常用漢字」、さらに手前のステップとして「教育漢字」がある。
 正字常用漢字の使い分けは書き手の意志によるところが大きいが、教育漢字だけは違う。教育漢字は読み手のために使い分けられるし、場合によっては*2、その学年別配当にまで踏み込んで使い分けられなくてはならない。
 長々と書いたが、要はこうだ。
 教育漢字の学年別配当を理解し、可能なら完全に覚えておくことは、校正者にとって大いに有用である。
 そんなわけで、私は教育漢字の勉強をしていた。そして、その過程でとても面白いことに気が付いた。明らかにある種の傾向、あるいは教育者側の意図が読み取れるのである。


 小学校の学年はすなわち、子どもの成長過程とほぼイコールと言える。そこで習得する漢字、いささか拡張していえば言語は、子ども自身のなかに構築される概念を把握する手がかりになる。つまりはそういうことなのだろう。


 そこで、教育漢字の学習も兼ねて、学年別漢字配当を軸に小学生の言語構築がどうなっているかを考えてみたいと思う。
 念のために断っておくと、子どもの言語はもちろん漢字がすべてではない。表面的には、漢字を教わることはあくまで表記を教わることにすぎず、その意味の理解と常に結びついているとは言えないだろう。ただし、漢字を教わるということは、その漢字を使う語を題材にした教材を扱うということにつながっている。このため、ここでは話を簡単にするために、「漢字を教わる」=「概念を持つ」という表現を使う。


 前置きが長くなったが、ここからが本題です。

1年生(計80字)

一 右 雨 円 王 音 下 火 花 貝 学 気 九 休 玉 金 空 月 犬 見 五 口 校 左 三 山 子 四 糸 字 耳 七 車 手 十 出 女 小 上 森 人 水 正 生 青 夕 石 赤 千 川 先 早 草 足 村 大 男 竹 中 虫 町 天 田 土 二 日 入 年 白 八 百 文 木 本 名 目 立 力 林 六

 もういきなりとっても面白い。これはあいうえお順になっているので、いったん整理する。と、以下のようになる。

一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 百 千
月 火 水 木 金 土 日 年
上 下 左 右 大 小 早 中 正
耳 目 口 足 手 力 気
見 休 入 出 学 先 生 立 校
円 音 玉 字 本 名 文
男 女 人 王 子
雨 天 空 夕
山 草 花 川 林 森 竹
石 虫 貝 犬
村 町 糸 車 田
青 赤 白

 まず最初のグループは、数の概念を表す。次のグループは曜日と月日。非常に実用的だ。
 その次は比較のための概念。上下左右がありながら前後がないことは、競争の概念が強くないことを思わせる。
 次のグループが人体に関する基本的なパーツをあらわすもの。
 この次のグループは基本的な動詞をあらわす……が、注目は「校」だろう。「校」を使う言葉は、正直に言ってあまり多くない。せいぜいが「校正」「学校」ぐらいで、ほかの用語はその派生だ。一年生の早いうちからあまり使わない漢字を教えるのはなぜか。おそらく「がっこう」を漢字で書くためだろう。そうとしか思えない。大人の都合が垣間見える。
 次のグループはやや抽象的なもの。「文字」は頻出単語だし「円」は日本の通貨だから、早めに教えておきたかったのではないだろうか。
 そして人の属性を表すグループ。男女はやはり外せないとみえる。「王」が含まれているのは使用頻度から考えると正直意外だが、「王さま」が童話などによく使われる題材だからかもしれない。
 そして天候関連が続く。雨だけが教えられ、晴れや曇りが省かれる理由は、同音異義語の存在にあるだろうと思われる。「雨」と「飴」の区別をつけたいのではないだろうか。また、雨は今後「あめかんむり」という部首に形を変えて大活躍する漢字でもある。
 ここから先は自然や建物の概念が続く。最後にまとめて出てきた色は三色のみ。白と赤が含まれるので、日本の国旗が漢字で表記できる。「しろ」「あか」「あお」は「〜〜いろ」という表現を受け付けない数少ない色であることも追記しておこう。

 1年生の配当漢字は実用性が高く、隙がない。全体を通して言えることは、日常生活、特にそのシステム面*3に必須の文字が非常に多いことと、部首として利用される文字が多いことだ。
 名実ともに、今後の学習の基礎と言える漢字が制定されている。

2年生(計160字)

引 羽 雲 園 遠 何 科 夏 家 歌 画 回 会 海 絵 外 角 楽 活 間 丸 岩 顔 汽 記 帰 弓 牛 魚 京 強 教 近 兄 形 計 元 言 原 戸 古 午 後 語 工 公 広 交 光 考 行 高 黄 合 谷 国 黒 今 才 細 作 算 止 市 矢 姉 思 紙 寺 自 時 室 社 弱 首 秋 週 春 書 少 場 色 食 心 新 親 図 数 西 声 星 晴 切 雪 船 線 前 組 走 多 太 体 台 地 池 知 茶 昼 長 鳥 朝 直 通 弟 店 点 電 刀 冬 当 東 答 頭 同 道 読 内 南 肉 馬 売 買 麦 半 番 父 風 分 聞 米 歩 母 方 北 毎 妹 万 明 鳴 毛 門 夜 野 友 用 曜 来 里 理 話

 ここからは再整理が非常に大変なので、一部抜き出しで。



第一の特徴 属性を列挙できるものはまとめて教わる

    • 父母兄弟姉妹 東西南北 春夏秋冬 午前午後 朝昼夜
    • 強弱 前後 売買 多少 遠近 内外 太 細


第二の特徴 一年生で教わったものが深化、拡大する

    • 園 野 岩 頭 顔 心 声 谷 原 地 茶 黄 黒 色
    • 晴 雲 雪 風 星 丸 角 直 線 台 形 万


第三の特徴 時間に関する語が加わる

    • 時 分 間 今


第四の特徴 学校で習う科目のほとんどが記述できるようになる

    • 社会 理科 国語 算数 図画工作 (生)活科 (音)楽
    • 教科書 教室 組 画用紙 計算


第五の特徴 日常的にあるものが漢字で書けるようになる

    • 電池 新聞紙 曜(日) 米 交通 通行


第六の特徴 自分に対応する相手を記述する用語が増える

    • 海外 外国 友(人) 親 自分


第七の特徴 抽象的で、動作そのものを指さない動詞*4が増える

    • 思 考 知 当 楽 帰 作 止 答 読


 箇条書きで列挙してしまったが、およそ特徴は出ていると思う。何より特徴的なのはやはり第一と第四だろう。非常に分かりやすい。
 上に含まれなかった中で特に重要なのは「毎」「同」など。
 逆に、2年生で教わる漢字の中で浮いているのは「汽」「公」「刀」あたりだろうか。どれも用法が限られている。

 概観して、およそ2年生までで知的生物としての特徴はほぼ出揃っていると言っていいのではないだろうか。ここまでの240字で学校で使う主だった用語をほぼ網羅しているので、ここからが真の勉強なのかもしれない。


 まずはここまで。
 近いうちに3年生編を書く。

*1:重要かどうかについては意見が分かれる。いずれエントリ化したい

*2:教科書がわかりやすい

*3:曜日や買い物

*4:他動詞が多い