アクセル・ワールド1 −黒雪姫の帰還−

 電撃文庫アクセル・ワールド1 −黒雪姫の帰還−』(著:川原礫)を読み、心底から震えたのでレビュー。

あらすじ (「BOOK」データベースより)

 どんなに時代が進んでも、この世から「いじめられっ子」は無くならない。デブな中学生・ハルユキもその一人だった。彼が唯一心を安らげる時間は、学内ローカルネットに設置されたスカッシュゲームをプレイしているときだけ。仮想の自分を使って“速さ”を競うその地味なゲームが、ハルユキは好きだった。季節は秋。相変わらずの日常を過ごしていたハルユキだが、校内一の美貌と気品を持つ少女“黒雪姫”との出会いによって、彼の人生は一変する。少女が転送してきた謎のソフトウェアを介し、ハルユキは“加速世界”の存在を知る。それは、中学内格差の最底辺である彼が、姫を護る騎士“バーストリンカー”となった瞬間だった。ウェブ上でカリスマ的人気を誇る作家が、ついに電撃大賞「大賞」受賞しデビュー!実力派が描く未来系青春エンタテイメント登場。

著者 川原礫について

アクセル・ワールド1 −黒雪姫の帰還−』(以下『AW1』)で第15回電撃大賞「大賞」受賞、同作でデビュー。九里史生(くのりふみお)名義で、2002年からWebサイト『WordGear』を運営。同サイト内でオリジナル小説『ソード・アート・オンライン』(以下『SAO』)シリーズなどを連載、公開していた。『SAO』シリーズは多くの二次創作を生み、有志によりボイスドラマ化されるなど、多くのファンを獲得している。なお、『AW1』は氏の長編作品『超絶加速バーストリンカー』を改題・改稿したものである。

物語の類型は「ボーイ・ミーツ・ガール」

 あらすじを読むと分かるように『AW1』は「ボーイ・ミーツ・ガール」ストーリーだ。主人公ハルユキはとにかくダメもダメのダメダメくんであり、対するガールである黒雪姫は美貌・知力・人望にくわえ、ついでに実力も世界トップクラスというスーパーガール。朗々とした言葉遣い、毅然とした態度、窮地での決然とした振る舞いも、とにかく格好良くてしびれる。が、それは言ってしまえば「ボーイ・ミーツ・ガール」のお約束とも言って言えなくはないくらいの要素でもある。*1
 この作品の肝は、ハルユキと黒雪姫の共有するセカイだ。『AW1』におけるセカイの名は、《加速世界》という。

理に満ちた《加速世界》

 《加速世界》はプログラムの中の世界だ。そこには厳然たる《ルール》と、いくつもの取り決めがある。
 ……これが川原氏の上手いところだ。もちろん《ルール》はハルユキ、ひいては読者に提示される。ただし、それは少しずつ、少しずつ、じりじりと、まるでゲームのチュートリアルのようにしか説明されない。《加速世界》のルールを理解するという点において、ハルユキと読者の進行度は一致している。まるで後出しのように唐突に出てくる《ルール》でさえ、本当のところは、最初から一片の矛盾なく*2《加速世界》に存在していたと、我々は(ハルユキとともに)思い知らされることになる。
 さらにすごいのは、《加速世界》の理が「ただそれだけで面白い」ことだ。これがもうとにかくスゴイ。わくわくするような《ルール》がたくさん出てくる。詳細はぜひ本編を読んでいただくとして、ひとつだけ紹介しよう。

 バーストリンカーに自動的に付与される英語名には…… (P109)

 この文とこの次の文を読んだときの僕の興奮を知っていただきたい、と熱望し、渇望し、ゆえに一度はこの先までずらずらと文章を引き写したが、そんなことをして未読の方の興奮をそぎたくはないので自重し、消した。少なくとも、簡単、明確なネーミングルールに十分な魅力があることぐらいは分かってもらえると思う。
 大事なことは、わかりやすい《ルール》の提示と、《ルール》が徹底される保証、この二つだ。その二つが成立したとき、読者たる僕たちは、そこで思考することができる。
 実例をあげよう。上の文が登場した段階で、主人公ハルユキのバーストリンカーとしての英語名、そのほか2名の英語名が判明している。読者は、その3名の名前をこの《ルール》にあてはめながら読んでいく。そして、それがまさしくその《ルール》どおりであることを納得し、一方で「ここに書かれていることだけでは説明しきれていないんじゃないか?」というかすかな疑問を覚える。この二つが、僕たちを前へ前へと読み進めさせる原動力になっていく。
 《加速世界》に厳密な理を与え、それを最大限に活かす川原氏の技量には脱帽だ。

心に浮かんだ疑問が解決されるカタルシス、そしてとりこになる

 先の項で、納得と疑問について触れた。《加速世界》の理に限らず、川原氏は情報の出し方が抜群に上手い。「これはどうなってるんだ?」と疑問を感じたまさにその点が数ページ後に解説されるなんてことはしょっちゅう。読みながら疑問を感じるということは、すなわち読みながら思考しているということであり、もうその段階で川原氏の術中とも言える。この「手のひらで転がされてる感」がたまらなく心地いい。解決のあとには新たな疑問がわき、また解決されていく快感を味わえる。一方で、ほどかれずに残る謎もいくつかはある。しかし、それも狙い通りなのだろう。既に得た快感が、それらの「残る謎」*3が解決されるところが見たい、という気にさせてくれる。一巻の終わりは非常に……もう……ね……なんというか、ずるい*4終わり方になっている。次の巻が待ち遠しいなんていつ以来の感覚だろう。

「思考」し、先読みしたい人にこそ全力でオススメする良書

 『AW1』に構築された《加速世界》の理は強固だ。同時に、氏の文章にあまた張られた伏線や整合性の緻密さたるや、一読で読みきれる分量ではない。再読でもすべて拾えるかどうか、というぐらいだ。この描写の意味は? なぜここでこの単語を使った? このルールには致命的な欠陥が含まれていないか? など、つつきたくところは山ほどある。通常の読み方でも十分以上に楽しめることはもちろんのこと、発売直後に購入し、次巻の発売までにゆっくり思考、検証し、次の巻をまた発売直後に買う、そんな特殊で熱烈な読み方にも十分以上に耐えうる本だ。僕はこれからも、川原礫氏に挑むつもりで『AW』を買い続けるだろう。
 電撃大賞、大賞受賞作にふさわしい良書。

*1:もちろん、氏の文章は非常に読ませるので、黒雪姫は決してありきたりなガールにはなっていない。ただ、そこは誰しも工夫するポイントであって、氏だけが特別に工夫しているわけではないということ。

*2:補足しておくと、「一片の矛盾なく」というのは決しておおげさな言いようではない。ここに出てくる《ルール》とは、例えば既知の作品で言うならば『DEATH NOTE』内のノートのルールのようなもので、世界の枠組み、話のギミックだからだ。登場人物たちは《ルール》にしたがって思考するし、その《ルール》のために苦境に立たされたりもする。だから、ひょいひょいと《ルール》を破られるようなことがあると、読者のほうが興ざめしてしまう。

*3:残った謎の詳細については盛大なネタバレになるので、二巻の発売が見えてからのエントリに譲ることにする。

*4:僕は実際に「ずるい」と口に出して言ってしまった。