『AURA〜魔竜院光牙最後の闘い〜』

 ガガガ文庫AURA〜魔竜院光牙 最後の闘い〜』(著・田中ロミオ)を遅ればせながら読了したので、はてな記法の練習も兼ねて、軽くレビューする。発売から3ヶ月近くも経っているし、ネタバレ解禁で行く。

  • あらすじ(裏表紙から引用)

その日。教科書を忘れた俺は、夜半に忍び込んだ学校で彼女と出会った。教室に向かう階段の踊り場。冷たい月の光のスポットライトを浴び、闇を見据えている少女。美しい──。そこには、人を惹き付けるオーラを放つ青の魔女がいた。
……いや待て、冗談じゃない。妄想はやめた。俺は高校デビューに成功したんだ! そのはずだったのに、この妄想女はッ! 「情報体の干渉は、プロテクトを持たない現象界人には防ぐことはできない」「何いってんだかわかんねーよ」実はだいたい理解できていた。田中ロミオ、学園ラブコメに挑む──!?

  • 典型的な「ボーイ・ミーツ・ガール」ストーリー

あらすじからも分かるように、全体的にはラノベの王道中の王道、「ボーイ・ミーツ・ガール」タイプを踏襲している。よく知られた『涼宮ハルヒの憂鬱』、『灼眼のシャナ』、ひいては『新世紀エヴァンゲリオン』もこのタイプと言ってもいいかもしれない。
同時に、話の筋も特に真新しいところはない。「ボーイ・ミーツ・ガール」ストーリーのお約束として、物語の牽引役はヒロインであるところの「ガール」であり、この作品における「レディス佐藤」、あらすじで言うところの「青の魔女」だというところもお定まりだ。
ヒロインは不思議(という名の引っ張り力)を引き受けて、主人公たる「メンズ佐藤」を振り回す方向に作用する。いやいや振り回される「メンズ」、だがその心のうちは徐々に変化していく。このあたりも実に王道だ。

  • 彩りは細部にこそある

と、いうわけで、この作品には、ストーリー展開的に真新しいところが殆どない。重要なのは味付けだ。

    • 妄想戦士たち

 この作品を彩るエッセンス、それが妄想戦士(ドリームソルジャー)だ。現象界風に呼称すると、邪気眼である。大仰な一人称や、脳内設定をさらけ出す、まさにメアリー・スー*1を体現する登場人物たち。

キーワードは「前世」「転生」「戦士」あたりか。 (P114 L6)

 というメンズの説明は簡潔にして的確だ。現在の標準的な、いわば没個性な自分を肯定しきれず、前世の縁を求めたり、架空の敵を設定したりしてしまう輩は古今東西不滅*2である。
 撒き散らされる妄想(ドリーム)はとにかくイタイ。イタすぎて目を逸らしたくなる。
 とはいえ、我々にだってその気(ケ)はあったはずだ。傘が剣であり盾だった、自動ドアをくぐるのにタイミングを計った、階段の踊り場を折り返すときに向こうを窺ったことが、誰しもあるはずだと僕は信じる。そしてそれゆえに、ここに記された妄想は我々に突き刺さってくる。量と質、そのどちらでも読者を圧殺する、本書随一の見所。

    • イジメ

 学園生活だから、というわけでもないだろうが、比較的陰湿なイジメ描写がある。陰鬱な学校生活、といえば田中ロミオには『CROSS†CHANNEL』という傑作があるわけで、さすがに上手い。ここまで極端ではないにせよ、高校時分のどろどろとした人間関係は誰しも身に覚えがあるだろう。身に迫る描写が多く、印象的だった。

 ロミオ節、という用語そのものに関してはリンク先を見てもらうとして。
 今作は話の展開、および主人公の設定のために、随所にニッチなワードが埋め込まれている。数行ごとにタグが入ってる感じ。ロミオ凄い。むしろキモい。オタク自重。けしからんもっとやれ。


 と、これだけだと一般のロミオファンと変わらない視点になってしまうので、校正者らしく一歩踏み込んでみる。
 大概のライトノベルは、普通の書物よりかなり強め*3にルビを振るのが鉄則のようで、というのは、特殊(ドリーミー)な読みをすることが多いためと、読者の年齢層が低めなこと、細切れな読み方をされる場合が多いため。
 ルビつけは一般のかたがたが普通に使っているテキストエディタでは簡単にできるようになっていないので、作家先生にはたぶん非常に面倒な作業だと思われる。が、今作には、ロミオ先生が振ってきたんじゃないか?と思えるルビが数箇所あった。

  1. 「依存」に対して「いそん」
  2. 「鳩尾」に対して「みずおち」
  3. 「仇討ち」に対して「あだうち」

 あたりが、作家の意思を感じるところ*4。特に上2つに関しては「いぞん」「みぞおち」が容易に想像されるだけに、ロミオ先生のジャッジが働いたのだろうと思わせる。
 読みに揺れがある語句に対するルビ、というのは、読者が容易に作家の意識を拾える箇所なので、注目してみると楽しい。

  • 裏ストーリー『魔竜院光牙最後の闘い』

 さて、ことほどさように、細部のエッセンスで個性を打ち出している今作だが、ストーリー展開が典型的であるがゆえに、容易に鏡面界であるところの『魔竜院光牙最後の闘い』なる別作品を想像できてしまう。


 例えば──


 聖竜神アスタロイに反旗を翻したはずの魔竜院光牙。しかし、長い年月の果て、エリナ姫と出会ったことによって、魔竜院は『他愛もない幸せ』をいとしく思うようになる。身体に染み付いてしまった数々の戦場での癖を努力で抑え込み、やがて魔竜院は小さな村に溶け込むことに成功した。求めていたささやかな暮らし。だがそれも長くは続かなかった。突如「青の魔女」が現れ、魔竜院に「危機だ。再び闘え」と迫る。断る魔竜院。しかし、「青の魔女」は魔竜院に付きまとい、魔竜院の奥底に眠る闘争本能を暴いていく。必死に隠してきた過去の行いが明らかになるにつれ、魔竜院は村からも排斥され始める。絶望、そして諦観。嘆く魔竜院は、吹き出た闘争本能のままに「青の魔女」を突き放す。折悪しく訪れる「危機」。魔竜院と「青の魔女」の運命は──!?


 とか(見て分かるとおり、大いに調子に乗った)。
 この鏡面界ストーリーは別に僕が単独で身勝手にぶち上げたものではない(脚色はしたけれども)。レディス、ないしはメンズが意識的、あるいは無意識で体現しているストーリーでもあって、最終局面でこの二つは融合を果たす。作品内では"あちら側"と"こちら側"という対比は常に意識されていて、たまたま"こちら側"だけが描かれているだけだ。作者は、最終局面でメタな次元からそれらを統括する台詞をメンズに吐かせ、村の人々たるクラスメイトもそれに追従させてしまう。このあたりの手腕はさすがロミオ先生、実にお見事。


 ものすごくかんぐった見方をすれば、最後から5行目に「ビッグバン」という用語が使われているのも狙いどおり。宇宙の最初期に起きた爆発のあとには、恒星における核「融合」が待っている。理性とイタさの「融合」を星になぞらえた上で、イタさに対して「きらめき」という表現を使った……という無茶解釈だって成り立…………さすがに無茶かなぁ。


 一応まともなことを言っておくと、終わりで「ビッグバン」→「始まり」を持ってきているのはもちろん偶然ではなくて、これはタイトルで『最後の闘い』と言ってしまったが故の当然の帰結と言える。構造としては「ファイナルファンタジー」(ファンタジー終わったよ! じゃ次は?)的タイトルなので、「次が始まる」と明言しないことにはキレイにまとまらない。


 ところで、メインタイトルである「AURA」を逆にすると、「ARUA」→「あるあ」になる。
「あるあ」で連想されるものと言えば、「あるあ……ねーよwwwww」なので、この裏読みからは「ねーよwww」が導かれたりもする。




 …………我ながらひどいなこの項。

  • 総括―この本はテクニックの塊です

 類型の筆頭ともいえるストーリー仕立て。細やかに積み重ねられるネタ。身に迫るテーマ。セカイを多重化し、最後に融合するテクニック。そしてまとめ方(更におまけとして著者の意思が反映されたルビや組版)。見本みたいによくできた作品だな、と思います。
 ライトノベルを書く手本にどうぞ、とオススメしたいぐらいでした。
 良作。

蛇足

 序盤、「三階廊下に漂う霊体」と称されたモヤに関しては伏線回収がされてないような。再読で要確認。あと、P254 L4に誤植あり。ガガガ文庫は毎度毎度誤植があって、ちょっと悔しいです。潰しきるのが大変なのは自分自身よく分かるので、次に期待。

*1:そもそもの初出は「二次創作世界に自分を模した完全無欠のオリジナルキャラを出す」ことだが、ピタリとくると思っている。詳しくはWikipediaを参照のこと。

*2:この辺を別方面でつついた作品として角川スニーカー文庫闇の運命を背負う者』(著・神坂一 全3巻)があるので、そちらもオススメ。

*3:ここで言う「強めのルビ」とは、「ルビなし」「本文初出のみ」以上の、「章初出ルビ」「ページ初出ルビ」「全ルビ」のことを指す。前上下の独自使い分けなのでそのへんはご勘弁ください。ライトノベルのルビ傾向としては、人名を章初出、特殊な読みの用語を全ルビにするパターンが多い模様(ただしこれは読者としての体感なので、統計的な資料はない。いずれレーベルごとにまとめようかとも思う)。

*4:個人的には「にも拘らず」を閉じているところや、「Hu」を単位化して外字を作成してきているように見えるところもかなり面白い。