アクセル・ワールド1 −黒雪姫の帰還−

 電撃文庫アクセル・ワールド1 −黒雪姫の帰還−』(著:川原礫)を読み、心底から震えたのでレビュー。

あらすじ (「BOOK」データベースより)

 どんなに時代が進んでも、この世から「いじめられっ子」は無くならない。デブな中学生・ハルユキもその一人だった。彼が唯一心を安らげる時間は、学内ローカルネットに設置されたスカッシュゲームをプレイしているときだけ。仮想の自分を使って“速さ”を競うその地味なゲームが、ハルユキは好きだった。季節は秋。相変わらずの日常を過ごしていたハルユキだが、校内一の美貌と気品を持つ少女“黒雪姫”との出会いによって、彼の人生は一変する。少女が転送してきた謎のソフトウェアを介し、ハルユキは“加速世界”の存在を知る。それは、中学内格差の最底辺である彼が、姫を護る騎士“バーストリンカー”となった瞬間だった。ウェブ上でカリスマ的人気を誇る作家が、ついに電撃大賞「大賞」受賞しデビュー!実力派が描く未来系青春エンタテイメント登場。

著者 川原礫について

アクセル・ワールド1 −黒雪姫の帰還−』(以下『AW1』)で第15回電撃大賞「大賞」受賞、同作でデビュー。九里史生(くのりふみお)名義で、2002年からWebサイト『WordGear』を運営。同サイト内でオリジナル小説『ソード・アート・オンライン』(以下『SAO』)シリーズなどを連載、公開していた。『SAO』シリーズは多くの二次創作を生み、有志によりボイスドラマ化されるなど、多くのファンを獲得している。なお、『AW1』は氏の長編作品『超絶加速バーストリンカー』を改題・改稿したものである。

物語の類型は「ボーイ・ミーツ・ガール」

 あらすじを読むと分かるように『AW1』は「ボーイ・ミーツ・ガール」ストーリーだ。主人公ハルユキはとにかくダメもダメのダメダメくんであり、対するガールである黒雪姫は美貌・知力・人望にくわえ、ついでに実力も世界トップクラスというスーパーガール。朗々とした言葉遣い、毅然とした態度、窮地での決然とした振る舞いも、とにかく格好良くてしびれる。が、それは言ってしまえば「ボーイ・ミーツ・ガール」のお約束とも言って言えなくはないくらいの要素でもある。*1
 この作品の肝は、ハルユキと黒雪姫の共有するセカイだ。『AW1』におけるセカイの名は、《加速世界》という。

理に満ちた《加速世界》

 《加速世界》はプログラムの中の世界だ。そこには厳然たる《ルール》と、いくつもの取り決めがある。
 ……これが川原氏の上手いところだ。もちろん《ルール》はハルユキ、ひいては読者に提示される。ただし、それは少しずつ、少しずつ、じりじりと、まるでゲームのチュートリアルのようにしか説明されない。《加速世界》のルールを理解するという点において、ハルユキと読者の進行度は一致している。まるで後出しのように唐突に出てくる《ルール》でさえ、本当のところは、最初から一片の矛盾なく*2《加速世界》に存在していたと、我々は(ハルユキとともに)思い知らされることになる。
 さらにすごいのは、《加速世界》の理が「ただそれだけで面白い」ことだ。これがもうとにかくスゴイ。わくわくするような《ルール》がたくさん出てくる。詳細はぜひ本編を読んでいただくとして、ひとつだけ紹介しよう。

 バーストリンカーに自動的に付与される英語名には…… (P109)

 この文とこの次の文を読んだときの僕の興奮を知っていただきたい、と熱望し、渇望し、ゆえに一度はこの先までずらずらと文章を引き写したが、そんなことをして未読の方の興奮をそぎたくはないので自重し、消した。少なくとも、簡単、明確なネーミングルールに十分な魅力があることぐらいは分かってもらえると思う。
 大事なことは、わかりやすい《ルール》の提示と、《ルール》が徹底される保証、この二つだ。その二つが成立したとき、読者たる僕たちは、そこで思考することができる。
 実例をあげよう。上の文が登場した段階で、主人公ハルユキのバーストリンカーとしての英語名、そのほか2名の英語名が判明している。読者は、その3名の名前をこの《ルール》にあてはめながら読んでいく。そして、それがまさしくその《ルール》どおりであることを納得し、一方で「ここに書かれていることだけでは説明しきれていないんじゃないか?」というかすかな疑問を覚える。この二つが、僕たちを前へ前へと読み進めさせる原動力になっていく。
 《加速世界》に厳密な理を与え、それを最大限に活かす川原氏の技量には脱帽だ。

心に浮かんだ疑問が解決されるカタルシス、そしてとりこになる

 先の項で、納得と疑問について触れた。《加速世界》の理に限らず、川原氏は情報の出し方が抜群に上手い。「これはどうなってるんだ?」と疑問を感じたまさにその点が数ページ後に解説されるなんてことはしょっちゅう。読みながら疑問を感じるということは、すなわち読みながら思考しているということであり、もうその段階で川原氏の術中とも言える。この「手のひらで転がされてる感」がたまらなく心地いい。解決のあとには新たな疑問がわき、また解決されていく快感を味わえる。一方で、ほどかれずに残る謎もいくつかはある。しかし、それも狙い通りなのだろう。既に得た快感が、それらの「残る謎」*3が解決されるところが見たい、という気にさせてくれる。一巻の終わりは非常に……もう……ね……なんというか、ずるい*4終わり方になっている。次の巻が待ち遠しいなんていつ以来の感覚だろう。

「思考」し、先読みしたい人にこそ全力でオススメする良書

 『AW1』に構築された《加速世界》の理は強固だ。同時に、氏の文章にあまた張られた伏線や整合性の緻密さたるや、一読で読みきれる分量ではない。再読でもすべて拾えるかどうか、というぐらいだ。この描写の意味は? なぜここでこの単語を使った? このルールには致命的な欠陥が含まれていないか? など、つつきたくところは山ほどある。通常の読み方でも十分以上に楽しめることはもちろんのこと、発売直後に購入し、次巻の発売までにゆっくり思考、検証し、次の巻をまた発売直後に買う、そんな特殊で熱烈な読み方にも十分以上に耐えうる本だ。僕はこれからも、川原礫氏に挑むつもりで『AW』を買い続けるだろう。
 電撃大賞、大賞受賞作にふさわしい良書。

*1:もちろん、氏の文章は非常に読ませるので、黒雪姫は決してありきたりなガールにはなっていない。ただ、そこは誰しも工夫するポイントであって、氏だけが特別に工夫しているわけではないということ。

*2:補足しておくと、「一片の矛盾なく」というのは決しておおげさな言いようではない。ここに出てくる《ルール》とは、例えば既知の作品で言うならば『DEATH NOTE』内のノートのルールのようなもので、世界の枠組み、話のギミックだからだ。登場人物たちは《ルール》にしたがって思考するし、その《ルール》のために苦境に立たされたりもする。だから、ひょいひょいと《ルール》を破られるようなことがあると、読者のほうが興ざめしてしまう。

*3:残った謎の詳細については盛大なネタバレになるので、二巻の発売が見えてからのエントリに譲ることにする。

*4:僕は実際に「ずるい」と口に出して言ってしまった。

教育漢字に見る概念の深化 (4年生編)

また思ったより間が開いてしまった。

教育漢字に見る概念の深化 (1・2年生編)
教育漢字に見る概念の深化 (3年生編)

4年生(計200字)

愛 案 以 衣 位 囲 胃 印 英 栄 塩 億 加 果 貨 課 芽 改 械 害 各 覚 街 完 官 管 関 観 願 希 季 紀 喜 旗 器 機 議 求 泣 救 給 挙 漁 共 協 鏡 競 極 訓 軍 郡 径 型 景 芸 欠 結 建 健 験 固 功 好 候 航 康 告 差 菜 最 材 昨 札 刷 殺 察 参 産 散 残 士 氏 史 司 試 児 治 辞 失 借 種 周 祝 順 初 松 笑 唱 焼 象 照 賞 臣 信 成 省 清 静 席 積 折 節 説 浅 戦 選 然 争 倉 巣 束 側 続 卒 孫 帯 隊 達 単 置 仲 貯 兆 腸 低 底 停 的 典 伝 徒 努 灯 堂 働 特 得 毒 熱 念 敗 梅 博 飯 飛 費 必 票 標 不 夫 付 府 副 粉 兵 別 辺 変 便 包 法 望 牧 末 満 未 脈 民 無 約 勇 要 養 浴 利 陸 良 料 量 輪 類 令 冷 例 歴 連 老 労 録

 さて、今回はかなり恣意的に(と感じられるだろう)分類をしていくことになる。というのは、4年生のこの時期ぐらいから、ひとつの漢字をあっちにもこっちにも使うという傾向が顕著になってくるからだ。分類の仕方によっては違った印象を得られるだろう、ということを前置きした上で、さっそく特徴へ入る。


第一の特徴 産業に利用されやすい字を多く教わる

  • 機 械 器 型 産 漁 労 働 貨 陸 航 倉 建
  • 共 協 材 料 量 給 課 衣 費 票 類 果 堂
  • 街 得 貯 札 成 功 便 利 景 刷 験 灯 節

 特に「働く」「得る」「貨」「景」あたりが特徴的だろう。便利、機械、材料、給料も4年生だ。「票」が入ってくるのは選挙をにらんでいるのか? 「街」「灯」「倉」「堂」「建」あたりもCityに関する語の充実を感じさせる。


第二の特徴 抽象的な、なかでもポジティブな概念が増える

  • 愛 喜 信 念 願 希 望 良 祝 栄 笑 好
  • 健 康 約 束 勇 結 求 救 仲 努 案 泣

 愛、喜び、希望、良い、願い、信念、祝い、笑う、好む、健康、救う、などが目白押し。むしろ、これらの概念が4年生まで漢字化していなかったことが不思議に思えるほどだ*1。泣く、は感情に伴う行動ということでここに入れた。人は嬉しくても泣く。


第三の特徴 戦争と組織に関する字を教わる

  • 戦 争 旗 毒 害 臣 司 令 殺 賞 兵 軍 訓 隊 官 席 典
  • 歴 史 録 唱 失 敗 候 治 省 法 民 功 達 告 博 士 氏
  • 印 英 府 郡

 ポジティブな概念と対にするかのように、戦争や歴史、失敗も四年生で扱う(成功も4年生。第一の特徴に入れた)。旗や兵、軍隊などの戦いを想起させる言葉がある一方で、「法」「民」「官」など、国という組織にまつわる字も多く入ってきている。
 最終行の最初の二字については、インド、イギリスを表す漢字だからかも、という想像が働いたため。


 少しわき道に逸れる。
 ここまでで注目したいのは、「神」を教わるのは3年生であり、「愛」「戦争」に先行することだ。神と関連して愛を説くのはキリスト教の特徴であって、日本古来の精神文化ではない。神道は愛を説かず、仏教そもそも神を想定しない*2
 西洋式の「愛」の概念が日本に輸入されたのは比較的最近のことで、それ以前、「愛」は「愛(かな)し」と読ませ、切なさを大いに含んだ身に迫る心持をさした。「神」と「愛」の間の関係が薄いのも日本的と言えば言えるのかもしれない。


第四の特徴 単語にベクトルを与える語が増える

  • 無 不 欠 未 的 必 要 単 例 初 然
  • 最 満 各 極 副 特 位 以 完 末 紀

 これらの語が増えることで、一気に語のバリエーションが増える。同時に、造語が行いやすくもなっている。ところで、「無・不・非・未」の打消しの接頭語のうち、「非」のみ5年生で教わる。なぜだ……なぜ「非」だけが5年生なんだ学年別漢字配当よ、と少し悩んだ。一応の仮説があるにはあって、それは、「常」「識」の二字が5年生で習う漢字であるため、「非」をそれら二字とセットで扱うためではないか、というものだ。ならばなぜこの二字は5年生で習うのか、というのはまた次の記事で触れるようにしたい。


第五の特徴 算数に関係する語が増える

  • 加 積 差 径 底 辺 億 兆

 ここで、学習指導要領の算数の項を参照したい。

〔第4学年〕
1 目標


(中略)


(2) 面積の意味について理解し,簡単な平面図形の面積を求めることができるようにするとともに,角の大きさの意味について理解できるようにする。


(中略)


2 内容
 A 数と計算

(1) 整数が十進位取り記数法によって表されていることについての理解を一層深める。

ア 億,兆の単位について知り,十進位取り記数法についてまとめること。

(2) 概数について理解し,目的に応じて用いることができるようにする。

ア 概数が用いられる場合について知ること。
イ 四捨五入について理解すること。

 4年生の算数では、面積と概数を扱う。つまり、「半径」とか「底辺」とか「億」とか「兆」なのである。このあたりのつくりが学年別漢字配当表は実によくできている。少々話が前後するが、第三の特徴であげた「戦争」の題材元は社会ではなく国語。4年生の国語で扱う戦争題材としては、『一つの花』が知られている。


 残った漢字はざっくりと大雑把にまとめる。

形容詞群

  • 固 冷 熱 浅 静 清 低

動詞群

  • 試 伝 説 察 挙 覚 変 改 包 周 囲
  • 飛 照 借 観 置 付 停 折 養 浴 辞

名詞群

  • 胃 腸 脈 管
  • 児 孫 夫 老 徒
  • 鏡 芸 飯 粉 輪 標 季 昨
  • 松 塩 種 梅 芽 菜 象 牧 巣

 形容詞群は体感的なものが目立つようだ。動詞群については、「説く」「伝える」など、行為そのものより、その行為の目的や意図に踏み込んで示すものが充実してくる。名詞群はどうも私としては印象が薄い。が、「夫」がここで登場するということには触れておきたい。「妻」は5年生で習う漢字であり、夫婦のくせにペアで出てこない。今までの配当表の傾向としては意外といってもいいだろう。ついでに夫婦の「婦」も5年生。とはいえ、まさか漢字配当表に対して男尊女卑だと訴える人はいないだろう。


 以上で4年生編を終わる。残り二学年、360字強だが、これはまとめて記事にしてしまう予定。

*1:人間にとって、愛や願いはとても基本的な概念だ(と私は思っている)、ということ。

*2:ちょっとした気まぐれでWikipediaキリスト教神道仏教で「愛」という文字を検索したら、キリスト教の記事では頻出していたのに、神道仏教ではほとんど見られなかった。

アリクイを食べるバイタンゴの木の話

 昨日、ママンの誕生日だった。
 ママンに長々としたメールを出し、折り返し電話をもらった。ママンの声は弾んでいて、僕はとても照れくさく、同時に胸が苦しくなった。ママンは僕が大好きで、僕はママンが大好きで、でも僕は日常にかまけてあまりママンに連絡をとらないから、ママンは僕から連絡が来るとその内容が少しくらい妙ちきりん*1であっても嬉しくなって舞い上がってしまうらしい。そのようなママンの声を聞くたび、僕は恋人をほったらかしておいたような後味の悪い思いをして、金に頼ってプレゼントを贈ってしまいたくなったり、近いうちに一度帰るよとうっかり言ってしまいそうになったりするのだ。今月は給料がよかったんだよと言い張って。


 ママンはインターネットをしない。パソコンがうまく使えないみたいだ。電源を入れて、切るくらいはできる。でもそれもおっかなびっくりだ。なんだかいろいろやれて、病気にもなる(ウイルスという単語だけは知っている)得体の知れない箱だと思っているのだろう。事態は深刻だ。近いうちに、本当に近いうちにインターネットぐらいには自然に触れられる環境にしなくてはと僕は気ばかり急いている。四月に一度帰って、何もかも整えるつもりだ。過去に二回くらいこの台詞を言った。二度あることは、ではなく、三度目の正直にしなくてはならない。


 ママンがインターネットをしないことの不利益は明確だ。ネット環境の不在はママンの才能を眠らせてしまう。解き放たれるチャンスを封じてしまう。ママンは明らかに僕よりも「創作者」「創造者」「発信者」として才能があるのだ。僕のパパンもそう言っている。今、ママンはインターネットを使えない。ウェブに自分だけの絵や文章を掲載することができない。だけど僕は、ママンの書いた話をウェブに残したい。



 だから、今日はその話を書く。
 近いうちに僕は必ずママンにインターネット環境を用意して、ママンが描いた話をあまさずアップロードさせるつもりだ。このエントリはその約束になる。しかし、僕がママンが描いた話を少しでもここに載せたとしたら、それはそれでルール違反だと思う。あの話は、あくまでママンの名前で発表されなくてはならないからだ。僕は「作品を発表する」という素敵でありながらも虚しい、誠実さの発露たる行為をママンから取り上げたくない。絶対に。だから、僕は、いささかのアレンジを加え、メモするようにここに書いておく。


 タイトルは「アリクイを食べるバイタンゴの木の話」。
 ママンはていねいで穏やかなですます調でこの話を書いていて、その語調は適度なオノマトペに彩られて柔らかかったのだが、僕はそれを再現しない。と、いうか、そもそもこのタイトル自体、ママンのものと比べるとおよそ2文字くらいしか合ってない。
 なるべく短く、ママンの話の魅力が【損なわれる】ように書くつもりだ。



      アリクイを食べるバイタンゴの木の話


 バイタンゴの木は、とてもとても大きい。南の南のそのまた南にどこまでも行ったところに、一本だけ立っている。誰が呼んだか、バイタンゴの木という名前だけは知られていた。
 バイタンゴの木は、いっぱいの葉に覆われている。葉は一枚一枚色がまるで違って、遠くから見るとまるでモザイクのようだった。バイタンゴの木には誰も近寄らなかったから、バイタンゴの木はただモザイクと言ってもいいくらいだった。誰も近寄らなかったのは、バイタンゴの木からはひどい異臭がしたからだ。腐ったような、濁ったような、それはひどい臭いだった。しかし、アリクイにとってだけは違った。アリクイにとっては、バイタンゴの香りはとてもとてもあまやかで、気持ちのよいものに思えるのだった。
 …………

 というような話。実際はもちろん最後までストーリーがある。このあとストーリーは、バイタンゴがどのようにアリクイを食べるのか、という描写が続き、そして……となる。本当はもっと書きたいのだけど、その権利はもちろんママンのものだ。
 ところで、ママンが書いたのは当然ながらバイタンゴという言葉ではないし、アリクイでもない。このあたりは似た語感のものをいろいろ探して僕が創り、あてはめた。タイトルも、ママンではなくレオポルド・ショヴォー氏の「子どもを食べる大きな木の話」からいただいた。


 繰り返すが、僕は絶対にママンが書いたこの話をウェブに出したい。だからママン、頼むからあの話を書いたノートを捨ててしまっていないでほしい。もしも見つからなかったら、もう一度書かせたいぐらいなのだから。

*1:泡坂妻夫の訃報や、講談社写真部による写真の話だった。

教育漢字に見る概念の深化 (3年生編)


 教育漢字に見る概念の深化 (1・2年生編)

 思っていたより間が空いてしまった。さっそく3年生編を。

3年生(計200字)

悪 安 暗 医 委 意 育 員 院 飲 運 泳 駅 央 横 屋 温 化 荷 開 界 階 寒 感 漢 館 岸 起 期 客 究 急 級 宮 球 去 橋 業 曲 局 銀 区 苦 具 君 係 軽 血 決 研 県 庫 湖 向 幸 港 号 根 祭 皿 仕 死 使 始 指 歯 詩 次 事 持 式 実 写 者 主 守 取 酒 受 州 拾 終 習 集 住 重 宿 所 暑 助 昭 消 商 章 勝 乗 植 申 身 神 真 深 進 世 整 昔 全 相 送 想 息 速 族 他 打 対 待 代 第 題 炭 短 談 着 注 柱 丁 帳 調 追 定 庭 笛 鉄 転 都 度 投 豆 島 湯 登 等 動 童 農 波 配 倍 箱 畑 発 反 坂 板 皮 悲 美 鼻 筆 氷 表 秒 病 品 負 部 服 福 物 平 返 勉 放 味 命 面 問 役 薬 由 油 有 遊 予 羊 洋 葉 陽 様 落 流 旅 両 緑 礼 列 練 路 和


 特に目につくものから挙げていく。概観ということで、200字すべては引用しない可能性がある*1


第一の特徴 抽象的な属性を記述する用語が増える

  • 礼 幸 福 祭 神 平 和 悪 世 界

 特に「神」と「祭」、「平和」「幸福」「世界」には注目すべきだろう。そして「悪」が出ても「善」はまだ出てこない*2ことにも触れておきたい。「悪」のほうが「善」よりも理解しやすいのかもしれない。


第二の特徴 人の生命に関わる語が出る

  • 死 薬 命 病 院

 上と関連して、このあたりの語の充実が目立つ。おぼろげに生命を浮かび上がらせる構図が垣間見えるように思う。


 漢字とは話が逸れることを前置きした上で、少しこのあたりの話を引いておく。

 3年生とは、時期的に第一次性徴と第二次性徴の境目に位置する、人格形成上重要な時期だ。また、現行の学習指導要領(平成10年度改訂)の体育の項目によると(強調引用者)

〔第3学年及び第4学年〕
 1 目標

(1) 各種の運動の課題をもち,活動を工夫して運動を楽しくできるようにするとともに,その特性に応じた技能を身に付け,体力を養う。
(2) 協力,公正などの態度を育てるとともに,健康・安全に留意して最後まで努力する態度を育てる。
(3) 健康な生活及び体の発育・発達について理解できるようにし,身近な生活において健康で安全な生活を営む資質や能力を育てる。

 となっており、総合的に「生命」への好奇心を促す教育がなされていることがわかる。ここに限らず、漢字配当は常に学習指導要領の内容とリンクしているので、適宜見比べると面白い。このあたりは4年生でもう一度触れる予定。



 閑話休題


第三の特徴 基準を定めて比較した位置づけを示す語が増える

  • 次 期 倍 予 両 昔 等 化 第 相 全 反 央 他 度
  • 階 級 業 号 章 列 式

 接尾・接頭によって語の意味を拡大したり、属性を与えたりするものが増える。特に「化」「他」「全」「度」あたりは強烈な語だ。「昔」をここに入れたのは、「今」抜きでは成立しない概念のため。
 意外なことに、この方向性の語は1・2年生ではほとんど見られない*3


 第四の特徴 学問に有効な語句が記述できるようになる

  • 問 題 研 究 真 実 発 表 対 談 丁 (度) 写 事 勉 委

 漢字の順序は意図的に並べた(「度」は再掲)。
 子どもは3年生になってようやく問題や研究や真実、事実を知るのだ! そして発表したり対談したりする。ここで一気に社会的になると言ってもいい。


 第五の特徴 社会的な役割について記述できるようになる

  • 農 役 商 医 屋 係 局 宿 駅 都 県 路 所 州 館 庫 区
  • 者 員 主 宮 君 族 客 様 童

 上の段は公共施設などに使われがちな語が多く、下の段は人の属性を表すときに多く用いられる語句。3年生は、生活科が理科と社会に分岐する学年なので、そのあたりも影響しているだろう。礼・神などと合わせて、敬意や礼儀などについて記述できそうになってくるのもこのあたりの語のおかげだ。


 第六の特徴 動作が目的によって使い分けられて個別に動詞化する

  • 進 急 去 運 追 送 向 集 登 着 旅 落

 上の一列はすべて「何か(主に人間)が移動する」ことを表す動詞群である。これらの語句が使い分けられることこそ、動詞の深化の証左ではないだろうか。


 2年生のときにもあった「抽象的で、動作そのものを指さない動詞」もさらに増える。

  • 始 終 消 負 勝 想 守 助 返 代 打 意 感 遊
  • 飲 泳 開 転 乗 流 使 持 仕 事 注 決 待 曲
  • 拾 取 整 配 重 習 調 住 申 動 定 起 放 受 投 育 植

 「勝負」と同時に「助」「守」が入っているのは興味深い。
 また「仕事」「決定」「運転」「注意」などが作れることにも触れておく。
 万能語「使う」「動く」も3年生で出てくる語。


 あとは大雑把に、
 「今までの概念が深まる・細分化する」

  • 氷 湯 波 湖 炭 銀 鉄 洋 陽 港
  • 根 羊 葉 畑 岸 島 坂 庭 板 柱
  • 荷 橋 球 服 酒 豆 皿 笛
  • 指 歯 鼻 身 血 油 皮 息 味 面
  • 昭 漢 秒

 ものと、

 「形容詞が増える」

  • 安 暗 温 暑 寒 苦 軽 速 悲 短 美 深

 ということぐらいだろうか。


 この大雑把グループの中で注目すべきは「血」と「苦」、「悲」と「美」だと思う。
 中でも「美」は非常に微妙な語で、というのは「美」はまったくもって「体感的」ではないからだ。
 苦しい、熱い、などは直接脳に刺激として伝わるし、楽しい*4・悲しいもかなり切実なものとして感じられるけれど、「美」は基本的にそのようなものではない*5
 しかし、3年生の段階で「美」を知るというのは、やはり「美」は人間にとって根本的だということなのか。ううむ。「羊」を3年生で教わることも少しは関係しているのかもしれない。



 なんとなく散漫な印象になってしまった。4年生もなるべく来週末にはまとめたいと思う。
 私的な話、この漢字配当を記事にしようと思ったのは4年生の配当表が面白すぎたからなので、4年生編では少し気合をだだ漏れさせて、ぼろぼろと個人的な印象を書くつもりでいる。

*1:チェック面倒なんですよ。全部が厳密に区分できるわけでもないし。と言い訳。

*2:6年生で習う

*3:例外は2年生の「組」「台」など。「一年」は年そのものを数えるが、「一組」は「○○の組」を数えることに着目する。

*4:2年生

*5:と私は思っているのだが、一部の人々にとっては美も体感的なものなのだろうか

教育漢字に見る概念の深化 (1・2年生編)

 教育漢字(きょういくかんじ)、または学習漢字(がくしゅうかんじ)とは、小学校6年間のうちに学習することが文部科学省によって定められている1006字の漢字の総称。具体的には、『小学校学習指導要領』の付録、『学年別漢字配当表』によって、小学校の学年別に学習する漢字が定められている。(Wikipediaより)

 校正業をやっていると「漢字の閉じ開き」の問題に必ず出会う。ほとんどすべてのゲラで出会うといってもいい。それほど「漢字で書くか否か」は常につきまとう問題*1だ。
 その問題を扱うときにはいくつかのステップがある。ひどく大まかにあげると、ひとつは「正字」、もうひとつは「常用漢字」、さらに手前のステップとして「教育漢字」がある。
 正字常用漢字の使い分けは書き手の意志によるところが大きいが、教育漢字だけは違う。教育漢字は読み手のために使い分けられるし、場合によっては*2、その学年別配当にまで踏み込んで使い分けられなくてはならない。
 長々と書いたが、要はこうだ。
 教育漢字の学年別配当を理解し、可能なら完全に覚えておくことは、校正者にとって大いに有用である。
 そんなわけで、私は教育漢字の勉強をしていた。そして、その過程でとても面白いことに気が付いた。明らかにある種の傾向、あるいは教育者側の意図が読み取れるのである。


 小学校の学年はすなわち、子どもの成長過程とほぼイコールと言える。そこで習得する漢字、いささか拡張していえば言語は、子ども自身のなかに構築される概念を把握する手がかりになる。つまりはそういうことなのだろう。


 そこで、教育漢字の学習も兼ねて、学年別漢字配当を軸に小学生の言語構築がどうなっているかを考えてみたいと思う。
 念のために断っておくと、子どもの言語はもちろん漢字がすべてではない。表面的には、漢字を教わることはあくまで表記を教わることにすぎず、その意味の理解と常に結びついているとは言えないだろう。ただし、漢字を教わるということは、その漢字を使う語を題材にした教材を扱うということにつながっている。このため、ここでは話を簡単にするために、「漢字を教わる」=「概念を持つ」という表現を使う。


 前置きが長くなったが、ここからが本題です。

1年生(計80字)

一 右 雨 円 王 音 下 火 花 貝 学 気 九 休 玉 金 空 月 犬 見 五 口 校 左 三 山 子 四 糸 字 耳 七 車 手 十 出 女 小 上 森 人 水 正 生 青 夕 石 赤 千 川 先 早 草 足 村 大 男 竹 中 虫 町 天 田 土 二 日 入 年 白 八 百 文 木 本 名 目 立 力 林 六

 もういきなりとっても面白い。これはあいうえお順になっているので、いったん整理する。と、以下のようになる。

一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 百 千
月 火 水 木 金 土 日 年
上 下 左 右 大 小 早 中 正
耳 目 口 足 手 力 気
見 休 入 出 学 先 生 立 校
円 音 玉 字 本 名 文
男 女 人 王 子
雨 天 空 夕
山 草 花 川 林 森 竹
石 虫 貝 犬
村 町 糸 車 田
青 赤 白

 まず最初のグループは、数の概念を表す。次のグループは曜日と月日。非常に実用的だ。
 その次は比較のための概念。上下左右がありながら前後がないことは、競争の概念が強くないことを思わせる。
 次のグループが人体に関する基本的なパーツをあらわすもの。
 この次のグループは基本的な動詞をあらわす……が、注目は「校」だろう。「校」を使う言葉は、正直に言ってあまり多くない。せいぜいが「校正」「学校」ぐらいで、ほかの用語はその派生だ。一年生の早いうちからあまり使わない漢字を教えるのはなぜか。おそらく「がっこう」を漢字で書くためだろう。そうとしか思えない。大人の都合が垣間見える。
 次のグループはやや抽象的なもの。「文字」は頻出単語だし「円」は日本の通貨だから、早めに教えておきたかったのではないだろうか。
 そして人の属性を表すグループ。男女はやはり外せないとみえる。「王」が含まれているのは使用頻度から考えると正直意外だが、「王さま」が童話などによく使われる題材だからかもしれない。
 そして天候関連が続く。雨だけが教えられ、晴れや曇りが省かれる理由は、同音異義語の存在にあるだろうと思われる。「雨」と「飴」の区別をつけたいのではないだろうか。また、雨は今後「あめかんむり」という部首に形を変えて大活躍する漢字でもある。
 ここから先は自然や建物の概念が続く。最後にまとめて出てきた色は三色のみ。白と赤が含まれるので、日本の国旗が漢字で表記できる。「しろ」「あか」「あお」は「〜〜いろ」という表現を受け付けない数少ない色であることも追記しておこう。

 1年生の配当漢字は実用性が高く、隙がない。全体を通して言えることは、日常生活、特にそのシステム面*3に必須の文字が非常に多いことと、部首として利用される文字が多いことだ。
 名実ともに、今後の学習の基礎と言える漢字が制定されている。

2年生(計160字)

引 羽 雲 園 遠 何 科 夏 家 歌 画 回 会 海 絵 外 角 楽 活 間 丸 岩 顔 汽 記 帰 弓 牛 魚 京 強 教 近 兄 形 計 元 言 原 戸 古 午 後 語 工 公 広 交 光 考 行 高 黄 合 谷 国 黒 今 才 細 作 算 止 市 矢 姉 思 紙 寺 自 時 室 社 弱 首 秋 週 春 書 少 場 色 食 心 新 親 図 数 西 声 星 晴 切 雪 船 線 前 組 走 多 太 体 台 地 池 知 茶 昼 長 鳥 朝 直 通 弟 店 点 電 刀 冬 当 東 答 頭 同 道 読 内 南 肉 馬 売 買 麦 半 番 父 風 分 聞 米 歩 母 方 北 毎 妹 万 明 鳴 毛 門 夜 野 友 用 曜 来 里 理 話

 ここからは再整理が非常に大変なので、一部抜き出しで。



第一の特徴 属性を列挙できるものはまとめて教わる

    • 父母兄弟姉妹 東西南北 春夏秋冬 午前午後 朝昼夜
    • 強弱 前後 売買 多少 遠近 内外 太 細


第二の特徴 一年生で教わったものが深化、拡大する

    • 園 野 岩 頭 顔 心 声 谷 原 地 茶 黄 黒 色
    • 晴 雲 雪 風 星 丸 角 直 線 台 形 万


第三の特徴 時間に関する語が加わる

    • 時 分 間 今


第四の特徴 学校で習う科目のほとんどが記述できるようになる

    • 社会 理科 国語 算数 図画工作 (生)活科 (音)楽
    • 教科書 教室 組 画用紙 計算


第五の特徴 日常的にあるものが漢字で書けるようになる

    • 電池 新聞紙 曜(日) 米 交通 通行


第六の特徴 自分に対応する相手を記述する用語が増える

    • 海外 外国 友(人) 親 自分


第七の特徴 抽象的で、動作そのものを指さない動詞*4が増える

    • 思 考 知 当 楽 帰 作 止 答 読


 箇条書きで列挙してしまったが、およそ特徴は出ていると思う。何より特徴的なのはやはり第一と第四だろう。非常に分かりやすい。
 上に含まれなかった中で特に重要なのは「毎」「同」など。
 逆に、2年生で教わる漢字の中で浮いているのは「汽」「公」「刀」あたりだろうか。どれも用法が限られている。

 概観して、およそ2年生までで知的生物としての特徴はほぼ出揃っていると言っていいのではないだろうか。ここまでの240字で学校で使う主だった用語をほぼ網羅しているので、ここからが真の勉強なのかもしれない。


 まずはここまで。
 近いうちに3年生編を書く。

*1:重要かどうかについては意見が分かれる。いずれエントリ化したい

*2:教科書がわかりやすい

*3:曜日や買い物

*4:他動詞が多い

親類が難病になりまして

 元日、年明け直後に書いていたエントリを公開。

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 やっと状態(常態)が見えたので書ける。


 2008年12月中旬、タイミングを合わせて上京してくれた両親*1と少々早目の忘年会をしているさなか、父がぽろっとこんなことを言った。

「そう言えば、○○さんがまた入院してさ」

 また、というのは、一年半ほど前に○○さんが食当たりで入院したことを受けてのことだ。

「ええっ、なんでまた」

「それがね、原因不明の奇病で」父の語り口は言葉、発声ともに常に明解だ。「手足がしびれてるんだって。こう、親指の付け根のふくらみが消えてるんだってさ。神経系の専門病院で検査してるらしい」

 迂闊にも、というのは本来おかしいが、ともかく、私は最近なだいなだのとある小説を読んだばかりだった。なので、親指の付け根云々の症状からすぐに「筋萎縮。アミトロ*2か」と(単純にも)思った。父も母も特に思い当たる病気はないようなそぶりだった。実際に頭の中で何を考えていたかはわからない。


 両親はそれぞれ帰り、それからしばらく、アミトロかもしれない○○さんのことが頭を離れなかった。アミトロは死ぬ病気だ。寿命が目に見えて決まるってどんなもんだろ、と考えたり、○○さんの息子さんたちはどう感じているのか、などと考えたりした。私には○○さんと話した思い出がほとんどなく、親族という関係性の印象ばかりが強かったので、思い切り取り乱したりすることがなかった。そんなこともあるよなー、と達観したふりをする、という醜悪なこともやった。誰かにぶちまけてみようか、と思い、結局誰にも言わなかった。


 頭を離れなかった、というのも厳密に言えば嘘で、ときどき思い出してただけだ。自分の思い込みによる決め付けを極力遠ざける、という建前でもって確認を嫌がり、アミトロの諸症状をネットで調べることもせず、郷里の父にその後はどうなったかとせっつくこともせず、Twitterにpostしたりもせず、二週間ほど仕事に集中し、その合間に大槻ケンヂと絶望少女達のアルバムを聴いたり、積んでいたラノベを読んだり、ポインセチアをもらい受けたりして、帰省した。


 で、一昨日、父に直接会ったとき、「○○さん、どうだって?」と訊いた。


「ああ、そうそう。○○さん、また入院してね、本当に難病だったんだ。ギラン・バレー症候群っていう」

ギラン・バレー症候群?」

ゴルゴ13と同じ病気」


 申し訳ないけど、ちょっとかっこいいと思ってしまった。だって、ゴルゴ13はまだ連載中で、死んでない。父の話は、どんな治療をしているとか、ちょこちょこ続いたんだけれど、私はギラン・バレー症候群のことなんか知りもしないくせに妙に安心してしまって、微妙に上の空で聞いていた。しびれ、という症状をもっと意識していたら、アミトロだなんて誤解しなくても済んだかもしれない、と思った。


 そして、さっきギラン・バレー症候群についてネットで知識を漁り、「治るらしい」ということを突き止めて、今日からはぐっすり寝ると思う。年下の従姉妹たちに対するお年玉ももう包んだ。


 こうやって書いてみて、やはり、すごく虫のいい話というか、現金なもんだなと思う。私の心の動きは浅ましい。油断と浅慮と冷たさが見え見えだ。そんなもんかもしれないなー、と思う反面、そんなことでいいのかなー、という気もする。とりあえず、私は○○さんの直近の家族ではないし、○○さんには数人の家族がいて、その家族に比べれば私が受ける影響は微々たるものであって、その落差の存在自体はもうどうしようもないことで、とか、あれこれ考えた。自分の浅ましさにちょっと嫌気がさしたりもした。


 とりあえず、○○さんはしばらく死なずに済むみたいだから、それを自分の中で(だけ)思い切り盛大に喜ぼうと思う。リハビリが大変らしいから、応援したい。ついでに、ギラン・バレー症候群と、合わせてアミトロについても調べて頭の片隅に留めておけば、校正業の役に立つときが来るかもしれない。それと、いろんな人にきちんと「あけましておめでとうございます」と言おうと思う。


 みなさん、あけましておめでとうございます。

 私は元気です。今年もなんとかがんばりますので、どうぞよろしくお願いします。


 以上、新年の挨拶に代えて。

*1:僕の両親は離婚しているので、揃うことは珍しい。だから、両親が揃ったときは往々にして情報交換会になる。

*2:ALS。筋萎縮性側索硬化症のこと

僕はそこにエンピツを入れる

 文章を読むときについ校正者としての視点を介入させてしまうという職業病にかかっている僕は、ちらほらと目に入ってくる「けまらしい」という語にいちいち眉をひそめている。


 「けまらしい」という言葉が、ある一定の界隈でだけ通用するローカルな言葉であることを僕は知っているし、その成り立ちも一応は把握している。成り立ち、通じる範囲などの点で、「けまらしい」は流行語や2ちゃんねる用語と何ら変わらないということも。ただ、何より違うのは、「けまらしい」は、完全に形容詞であるということだ。形容詞風の形を持ち、活用さえ受け付ける。まるで普通の形容詞のように、「けまらしい」はそ知らぬ顔で文章に紛れ込む。


 ある日、彼女は彼女が書く瑣末な文章の中に、「けまらしい」を入れた。僕はやはり眉をひそめた。「『けまらしい』ってどう思う?」と言ったら、彼女はあっけらかんとした口調で「別に」と言った。そして続けた。「どうって?」「どうって……」「どう思うって言われても」「だから、『けまらしい』っていう言葉に何か感想はないの?」僕は訊ねた。「別に。と、いうか、あなたは『母親』っていう言葉に何か感想を持つの?」「母親?」なぜ母親という単語が出てきたのだろう。彼女は言う。「筒井康隆は、あなたにとって母親とはなんですか、って聞かれて、私にとって母親とは母親という言葉ですって言ったそうだけど」「ふうん」それ以上何を言えばよかったんだろう。


 僕は彼女の文章の校正を頼まれたわけではないし、彼女は僕の校正になんの期待も抱いちゃいない。彼女のような書き手には、文法上の誤りを指摘するような、一般的で基本的な校正さえほとんど何の意味も持たない。だから僕ができることは、目の前に仕事として現れた文章の中に「けまらしい」があったとき、そこにエンピツを入れることぐらいなのだ。


 エンピツを入れたら、僕は根拠を書き添えなければならない。
 「こんな語はない」というか、「ローカルな言葉です」というかは、まだ決めていない。
 たぶん、媒体、著者によって選ぶことになるだろう。